【記者がたどった被爆の曽祖母の人生/失明後の必死の子育て/「暗闇の生活」の思いとは】
今年も広島、長崎に原爆を落とされた日が近づいてきました。昨年毎日新聞に入社した記者の曽祖母は幼い子どもを育てていた26歳の時に広島で被爆し、両目が見えなくなりました。失明した理由を詳しく明かすことはなく、記者が12歳の時に94歳で亡くなりました。記者が曽祖母の人生を知ろうと親族らに話を聞き取ると、原爆を恨みながらも必死で子育てをしていた姿が浮かび上がりました。被爆者として取材も受け、「死ぬるまで原爆という言葉を言うのも嫌です」という言葉を残していました。戦後80年となり戦争体験者が減るなか、平和をつなぐ思いを記事に込めました。(1、3面)